研究例
研究例1:金属材料への飛翔体の高速衝突による破壊
近年,宇宙空間上のスペースデブリの衝突(相対衝突速度10 km/sオーダー)による人工衛星の損傷が問題となっている.この現象では,非常に短時間で運動エネルギーが熱エネルギーと材料の変形・破壊に転換されるので,損傷の過程を材料組織レベル・原子レベルで実験によりリアルタイムで観察・測定することは困難である.
分子動力学法により,円柱形状のAl金属飛翔体とAl/ポリエチレン(PE)からなる平板形状の複合構造との相対速度5 km/sでの衝突を,シミュレーションした結果の一例を示す.まず,モデルを234,744個のvoxel(一辺5.979 オングストロームの立方体積要素)に空間分割し,voxel毎の原子の運動エネルギーの平均値を局所量として計算する.次に,CGソフトウェアを使用して,局所量の断面のカラーマップのスナップショットとして可視化したものが下に示す2枚の図である.図1-1において,Al飛翔体が1層目のAl固体壁を侵徹する時,Al飛翔体の直下の領域で局所熱エネルギーが著しく上昇する(中央).局所熱エネルギーの最高値は71.2 eVである.さらに,その領域ではAl飛翔体とAl固体壁が融合した球形状の高密度Al原子群が形成される.その後,原子群は複合構造を貫通する(右).図1-2において,Al飛翔体が1層目のPE固体壁を侵徹する時,Al飛翔体は衝突面積が拡げられるように変形する(中央).Al飛翔体の重心並進運動エネルギーはPE固体壁内へと広範囲に散逸され,Al高密度領域は形成されず,複合構造の貫通が生じない(右).図1-1において,Al飛翔体が複合構造を貫通する原因は,Al飛翔体が固体壁を変形させ,局所密度が上昇し,その領域内の空間エネルギー密度が高くなるため,飛翔体衝突によって局所熱エネルギーが著しく上昇し,実質的に,固体壁を貫通するのに十分な飛翔体の重心並進運動エネルギーが維持されることにあると考えられる.
研究例2:ナノオーダーサイズの流れ場の解析
近年MEMS(マイクロマシン)の利用が拡大しており,超微小流路における流体の挙動をあらかじめ予測して,MEMSの設計を行う必要性が生じている.しかしながら,代表寸法がナノメートルサイズの流れにおいては,流体を構成する分子や原子の質点としての効果が無視できないので,連続体の力学として記述される流体力学の諸式のみでは不十分である.
流れを薄い平板形状のモデルとして扱う擬3次元分子動力学法(MD)により,流体中を準定常的に並進運動するナノサイズの物体まわりの液体の流れをシミュレーションし,ナノサイズの流れの挙動を原子レベルで解析・可視化した結果の一例を示す.本モデルでは,図2-1の様に2,863,190個の流体分子(緑)中を四角柱(青)が左から右に運動する.Re30の場合の四角柱まわりの流速ベクトル場(図2-2)と温度場(図2-3)を示す.流速ベクトル場にみられる様にカルマン渦が生じている.温度場において,四角柱後方の流体が高温となっているのは,固体後方では流体の変形量が大きく,エネルギーの勾配が大きいためと考えられる.このような局所的な高温領域では流体の粘性率が局所的に減少し,カルマン渦が生じたと考えられる.また,同図からは、固体後方の高温流体が,カルマン渦によって後方へ運ばれる様子が確認できる.これにより,四角柱後方の流体の温度が減少すると,カルマン渦の生成は少なくなる.この様にナノスケールにおいても流体の相似則が成り立つことが示された.
研究例3:潤滑中の潤滑油の分子の構造とダイナミクス
潤滑油を介した潤滑は機械において必要不可欠な要素であるが,現状では,動的な潤滑のミクロな状態をin situで実験的に観察することは困難であり,潤滑の理論的な定量予測を困難にしている.
油膜の厚さが潤滑油の分子長オーダーとなった場合の準定常状態の潤滑を,分子動力学法によりシミュレーションした結果の一例を示す.シミュレーションには,図3-1に示す完全に平滑な2枚のNi固体平板に添加物の付与されていない純粋なC20H40のポリアルファオレフィン(PAO)2,304分子からなる油膜としての流体が挟まれたモデルを使用する.2枚のNi固体平板をそれぞれ水平逆方向に等速直線運動させることで,潤滑をシミュレーションする.油膜中のPAO分子は,その内部自由度に基づき様々な形状を示すが,伸長したもの(全長20.5 Å以上)および収縮したもの(全長7 Å以下)のみを選択して可視化した結果を図3-2と図3-3に示す.油膜にせん断が付加される前(0 ps)と付加された後(500 ps)を比較すると,せん断により,伸長したPAO分子の数はかなり増大するとともにせん断方向に分子の配向を生じる.一方,収縮したPAOの数は減少するがその配向はせん断の影響を受けていない.
研究例4:HDDのプラッタとヘッドを想定したシミュレーション
分子動力学法により,ハードディスク(HDD)の磁気ヘッドとプラッタ(ディスク)を想定したモデル(モデル化のために周期境界条件を適用してある)の計算結果を可視化した一例を下に示す.橙色球で示す平行平板が磁気ヘッドとプラッタに対応し,互いに逆方向に直線運動をしている.両者の間隔は最新のHDDに対応する10 nmである.一部の気体分子の軌跡を緑色線で,その最終位置を紫色球で示してある.固体表面と複雑な衝突をする気体分子,固体表面に物理吸着して熱振動する気体分子,気体分子同士の衝突等が生じている様子がわかる.また,このような分子流と固体との間の摩擦力も解析評価している.
図 4 HDDのプラッタとヘッド(オレンジ)および気体分子の軌跡(緑)